挨拶と返事。

      2018/03/02

「はいっ!」と必要以上に大きな声で返事されると戸惑う。本当にわかってるのかな?となる。

吹奏楽部講師の間ではあるあるの話しだが、挨拶と返事についての僕の持論を改めて。

 

 

 

僕のレッスンでは挨拶と返事はとても重要視します。超重要。これは生活指導とかそういうことではなく、音楽は学ぶ上で必要だから。音楽をレッスンすることに大きな関わりがあるから重要視します。

 

 

先日の「練習とは。」のブログでも書いたが、音楽の目的は「何かを表現すること」。だから演奏者の中にある何かを表現するために音を出してほしい。

 

言葉も一緒で何かを伝えたくて言葉を発する。例えば「ありがとう」。「ありがとう」という単語を言うことが目的ではなく、発言者の中にある感謝の気持ちを表現することが目的だ。感謝の気持ちがないのにありがとうと言われ、全然感謝の気持ちが伝わってこなくて戸惑った経験はないだろうか?ないか。だったら「ごめんなさい」はどうだろう?謝意のない「ごめんなさい」を言われたことはないだろうか?本当にイラッとするよ。

 

自分の中に伝えたいことがないまま発言することに慣れると、演奏も同じく表現したいことがないまま音を出してしまう。「タカタカタン」と楽譜があるとき、「タカタカタン」と音を並べることが目的ではない。表現したいことは厳かさなのか、軽快さなのか、気持ちが高まっていくのか、沈んでいくのか、もっと複雑なのか、はたまた全部か。そこに正解はなく、人によって異なる。異なってよい。芸術だから。表現したいことありきで、音を出すことが大事。

 

挨拶も同様。挨拶とは「相手の存在を認めること」。「おはよう」と単語を言うことが目的ではなく、相手の存在を認めるということ。その認めるという行為に「どのように認めているか」まで表現してほしい。親しい友人に対する挨拶と、嫌いな先生に対する挨拶とでは、笑顔の作り方も声の高さも大きさも違うだろう。嫌いだということを表現したいなら、挨拶しなくていい。(しかし社会では、嫌いという表現はしないほうがいいことが多いよ。世界平和のためにも。)

 

返事も同じ。以下同文。ただ、わからない時はわからないと表現したほうがいい。講師は「話す」ことが目的ではなく、「生徒が理解する」ことを目的に発言しているから。もし分からなくても恥ずかしがることはなく、講師側の説明の仕方がイマイチなことは多い。「ワカリマセ〜ン」と偉そうな態度をとってはいけない。理解しようとしている、という気持ちが表現されてないからだ。「わからなかったので、もう一度説明してください」くらいにしてください。してあげてください。そうしたら講師側も「ごめんね、分かりづらかったね。ここはナンタラかんたら、、、」と言いかたを変えたり、あの手この手で説明してくれる。はず。

 

楽器の音で何かを表現しようとしている人間が、自分の発言が何を表現されているか無頓着であってはいけないということ。音も言葉も、心のなかの何かを表現するものであってほしい。

 

『音楽性=人間性』だ、みたいなことはよく言われるているが、全くもってその通りだと思う。僕が本当に上手だなと思った人は本当に優しい。すげー優しい。上手いし優しい。最高だ。大好きだ。

 

 

 

 

 

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